骨董市で古いアルバムを買った。800円だった。表紙の布は擦り切れていて、中には白黒の写真が48枚貼ってあった。
最初は表の写真を見ていた。海、砂浜、浮き輪を抱えた子ども、パラソルの下の男女。どの家にもありそうな夏休みの写真に見えた。一枚が台紙から浮いていたので剥がしてみると、裏に鉛筆で「昭和38年8月 鎌倉の海にて」と書いてあった。
同じ筆跡で、同じ文句
ほかの写真も剥がしていいものか少し迷ってから、結局ぜんぶ剥がした。48枚のうち41枚の裏に文字があった。ほとんどが「昭和38年8月 鎌倉の海にて」で、何枚かには「家族の夏休み」「誠一&和子」と書き足してある。
筆跡はひとりのものに見える。誠一と和子が誰なのかは分からない。写っている男女なのか、子どもたちなのか、それとも写真を撮った人なのか。
写真の表には、見れば分かることしか写っていない。裏には、見ても分からないことが書いてある。日付と、場所と、名前。どれも撮った本人にとっては分かりきったことで、わざわざ書く必要はなかったはずだ。
41枚に、同じことを書く
アルバムに貼ってしまえば、裏は見えなくなる。それなのに41枚すべてに、一枚ずつ同じ文句を書いている。
写真をお店でプリントしていたころは、戻ってきた写真の裏に日付を書くのはよくあることだった、と年上の友人に教わった。焼き増しして親戚に配るとき、どの写真か分かるようにするためだという。そうだとすると、このアルバムの写真のうち何枚かは、別の家にも渡ったのかもしれない。
表を見ればいつの写真か分かると思っていたのは撮った本人だけで、60年たつと、裏の文字のほうが頼りになる。
スマートフォンの写真には、裏がない
私が今撮っている写真には、裏がない。日付と場所は自動で記録されるけれど、誰が写っているかを書く欄は、あっても使ったことがない。
剥がした写真は、元の位置に戻せなくなった。台紙に残った糊の跡から、だいたいの場所は分かる。どこに貼ってあったかを記録しておけばよかったと気づいたのは、ぜんぶ剥がし終わったあとだった。
この記事はJUNKBRANDINGのデモ用に作成したものです。登場する人物・団体・施設・発言は、すべて架空です。
